「悲しいですか?」と聞けた日 ― REBOOSTシリーズから帰ってきて、初めて仕事場で起きたこと

公的成功

8月末、僕は「REBOOSTシリーズ」という合宿に参加した。

そこで自分でも驚くほど大きなビジョンを言葉にできた。宇宙に行くこと、本を出すこと、YouTubeで100万人に届けること――正直、口に出す瞬間まで「自分ごときがこんな大それたことを言っていいのか」という声が頭の中で鳴り続けていた。それでも仲間の前で全部出しきったとき、涙が止まらなかった。今まで我慢していたものが、涙になって出ていく感覚だった。

その瞬間から、心の中では「めちゃめちゃ価値のある体験をした」と思っていた。ただ、それが本当の意味で自分に何を残したのかを知ったのは、沖縄に帰って、普段通りケアマネとして働き始めてからだった。

「また厄介な人を押し付けられた」

ケアマネジャーという仕事は、介護保険を使って暮らす高齢者やその家族のために、必要なサービスを一緒に組み立てていく仕事だ。地域包括支援センターから新しい依頼が来ることも多く、その日も社長から急に言われた。

「地域包括支援センターの人と一緒に、新規の訪問に行ってください」

依頼者は、高齢の女性だという。社長からの引き継ぎ情報はこうだった。

「気分の波が大きくて、怒りっぽいところがある」

正直に書く。僕は一瞬、こう思った。

「また、社長は僕に厄介な人を押し付けたな」

現場に着くと、包括支援センターの担当の方から開口一番、申し訳なさそうに言われた。本当は明日訪問する予定だったが、依頼者さんが機嫌を損ねて電話をかけてきたため、急きょ今日行くことになったのだという。

案の定、訪問して顔を合わせるなり、依頼者さんと包括の担当者の間で、少しピリッとしたやりとりが始まった。前回の訪問の行き違いをめぐる、小さな言い合いのようなものだった。

その場の空気は、決して穏やかとは言えなかった。

「悲しいですか?」と聞いてみた

少し場が落ち着いてから、契約の説明やニーズの聴取に入った。話を聞きながら、僕はずっと引っかかっていることがあった。

この人は、最初からずっと悲しそうに見える。

「怒りっぽい」と聞かされて構えていたはずなのに、目の前にいるのは、怒っている人というより、何かをずっと抱え込んでいる人だった。

これまでの自分だったら、多分この違和感には気づかないふりをして、業務を淡々と終わらせていたと思う。指摘して波風を立てるくらいなら黙っていた方が安全だ、と。でもその日は、話が一区切りしたタイミングで、僕は口を開いた。

「初対面ですみません。正直なことを言っていいですか?」

そう断ってから、続けた。

「僕には、依頼者さんが悲しそうに見えるんですけど、そう言われてどう感じますか?」

その瞬間、依頼者さんの目にみるみる涙が溜まった。何かを言おうとして、ぐっと言葉を飲み込むのが分かった。多分、喋ったら泣き出してしまうのを、必死にこらえていたんだと思う。

「あ〜、溜め込んでたんですね」

そう声をかけた瞬間、その方は号泣した。

鳥肌が立った理由

僕はその瞬間、鳥肌が立った。その人の一番奥にある部分に、初対面で触れてしまったような感覚があった。

専門的に言えば、防衛反応とか思い込みとか、いくらでも説明はつくのかもしれない。でも僕がその人の悲しみに気づけたのは、知識のおかげじゃない。僕自身が、感情を溜め込むタイプの人間だったからだ。ずっと自分の中に飲み込んで、蓋をして生きてきた時間が長かったから、目の前で同じことをしている人が、分かってしまった。

これまでの僕は、ケアマネ業務を効率化したり、知識やスキルを身につけて自分が輝くことにしか、正直あまり興味がなかった。だけどこの体験は、少しだけ、人に価値を届けるということができた実感があった。

僕はその方に聞いてみた。

「普段から、泣きたいときはありますか? 怒ることは? 殴りたくなることは?」

「口から出てしまう」と、その方は答えてくれた。だからデイサービスに通うことも、自分が暴言を吐いて周りを困らせてしまうんじゃないかと、ずっと気にしていたのだという。

僕は素直にこう伝えた。

「僕が来たときは、泣きたかったら泣いていいし、怒りたいときは怒っていいですよ。大丈夫ですよ」

そして、続けてこう聞いた。

「また明日、来てもいいですか?」

初対面で、しかも「怒りっぽい」と聞かされていた相手に、自分から「もう一度会いたい」と言えたこと。それも、以前の僕にはなかった感覚だった。

その方は、最後は笑顔で僕らを見送ってくれた。

溜め込んできた自分だったから、届いたもの

この一件が、自分の中でものすごくすっきりする体験だった理由が、あとになってようやく分かった。

REBOOSTシリーズで僕がクリアにしたのは、「弱さを見せたら危険」「指摘したら攻撃される」という、ずっと自分を縛っていた思い込みだった。だから初対面の依頼者さんに「正直なことを言っていいですか」と断りを入れてから本音を口にできたのは、あの合宿がなければ、たぶんできなかった。以前の僕なら、違和感に気づいても飲み込んで、当たり障りなく業務を終わらせていたはずだ。

そしてもうひとつ。僕がその人の悲しみに気づけたのは、僕自身が長年「溜め込む人間」だったからだ。萎縮して、本音を飲み込んで生きてきた時間があったからこそ、同じように蓋をしている人の気配が分かった。自分を苦しめてきたはずのものが、そのまま誰かの力になった。

「俺もできたんだから、お前もできるよ」

REBOOSTシリーズの合宿で、僕は仲間にこう伝えたいと思った。萎縮しなくていい、我慢しなくていい、と。あのときはまだ、それがどんな形で日常に現れるのか、自分でも想像がついていなかった。

でもこの日、初対面の依頼者さんに「泣きたいときは泣いていい」と伝えられたこと。それは、僕が自分に向けてずっと言えなかった言葉を、初めて誰かに手渡せた瞬間だったんだと思う。

合宿は三日間で終わる。でも、そこで手に入れたものは、こうして何気ない訪問の一場面の中に、静かに顔を出す。

これからも、こういう瞬間をひとつずつ、ここに残していきたい。

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